昨今、テレビや新聞で世界の各地でテロや内戦により多くの命が失われたり、又、日本では、親子や家族関係の崩壊から悲しく痛ましい事件等が報道されています。
 それを見聞きした時、皆さんはどんな思いを持ちますか?
 そんな時こそ、そこに関わる人々の苦しみが取り除かれ、平和で幸せな世界が現れることを願い祈る事が、私達のあるべき姿なのです。



『祈りは真語なり、懺悔と忍行と感謝とに充満せる真語なり、縦(よ)し肉眼には涙の出でずとも、その霊眼には必ず熱き涙の涌(わき)出づるなり、善人は、その栄光を讃美(たた)へて涙せん、又悪人は、その恩寵にひれ伏して咽(むせ)び泣かん。』
(スフィンクスの声 
9輯11編28章5節

 と述べられているように、災害や被害に遭われた人達はもちろん、それを起こした人に対しても祈る事です。悪といわれる人が内にある神の子の神性に目覚め、恩寵によって善の心に切り替わるために、祈ることが大切なのです。
 そして私達自身も、普段の生活において、どんな人に対しても「祈り」と「合掌の心」と「調和の心」をもって接するように心がけることが必要です。そうすれば、どんな時でも、悲しみや苦しみはやわらぎ、生きる喜びが生活の上に現れてきます。

 皆さん、祈る姿を思い浮かべてください。
 祈りを捧げる時に合掌します。両手が一つになることは、神と自分がひとつになり、神我一体の真人の相(すがた)が現れているのです。その祈りの波動は、全てを善に、幸福に切り替える秘厳力となって現れてくるのです。


『されど汝ら、自己(おのれ)のみ幸福(さいわい)ならんと思う心は、神の心に合一(かな)わず。汝ら、人の本性(まごころ)は世の平和を願望(ねが)い、隣人の幸福(さいわい)を祈念(いの)るものなり。さらば汝ら、その本性(まごころ)を以て一向(ひた)にこのことのために祈念(いの)り且(かつ)願望(ねが)え、神は最(いと)大(おおい)なる愛の聖旨(みこころ)を以て是を叡覧(みそなわ)し給はん。汝ら、この願望(ねがい)、この祈念(いのり)こそ天地を貫く言葉にして、成就(かな)わざることなき祈念(いのり)、完成(かな)わざることなき願望(ねがい)なれ。』
(スフィンクスの声 
109編1章1416節

 と述べられています。


神様は、世の平和と隣人の幸福を願って、まず祈りなさい。この祈りは天地を貫き必ずかなうものであるとおっしゃっています。神の御心は普遍にして拡大故に、自分や家族の幸福だけを願うことだけでは、それは神様の心に添わないので、自己だけでの願い事は叶えられることは少ないのです。
 まずは世の為人の為に祈り、その上で自分や家族の為に祈る事が大切です。私達はこのみことばをかみしめて、日々の祈りを行っていきましょう。


 「祈り」は、世界の平和と幸福を築く為の誰もができる尊い行いであり、人類光明化への道しるべなのです。祈りのあるべき姿を理解し、日々熱い祈りを捧げていきましょう。










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幸せになるためのお話
私達のあるべき姿
NO.07